陸王の村野がアトランティスを辞めてこはぜ屋に?

陸王の村野がアトランティスを辞めてこはぜ屋に?

「陸王」でカリスマシューフィッターとして多くのランナーから支持を得る「アトランティス」の村野尊彦。

しかし、会社として村野のやっていることをよく思わないアトランティス日本支社営業部長の小原と佐山。

ひとりひとりの選手と向き合いたい村野はアトランティスを辞めることに?

そして、次の行先は「こはぜ屋」?その経緯とは?

今回は「陸王の村野がアトランティスを辞めてこはぜ屋に?」というテーマでお届けします。

※原作を基に作成しています。ドラマとは相違のある個所がある可能性があります。

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陸王の村野尊彦とは?

アトランティスのシューフィッター「村野尊彦」

ドラマ版では市川右圑次さんが演じています。

ランニングシューズ業界ではカリスマと言われ、多くのランナーに慕われている人物です。

職人としてのプライドを高く持ち合わせており、選手ひとりひとりにきちんと向き合うことを第一に考え仕事に取り組む。

(アトランティス勤務以前~現在まで)

関西の高校を卒業し、神戸市内のシューズメーカーに就職

従業員二百人ほどの工場に配属され、靴作りの基礎を一から学ぶ、靴作りの工程を全て経験したことで、分業が当たり前の大企業では会得できない経験と技術を得た

しかし、勤めていた会社が倒産

それを機に、当時中堅企業にすぎなかったアトランティスの製造部門の求人に応募し、技術力の高さを認められて採用された。(この時、まだ二十代半ば)

そのシューズづくりの知識、経験があるからこそ現在は「シューフィッター」として「営業部」に所属している。

村野の肩書は「シニアシューズマイスター」で、一般的な役職でいえば課長並の待遇になる。

「シューフィッター」として「営業部」に所属している村野の仕事は、ダイワ食品のような陸上競技部のある実業団、大学の陸上競技部でアトランティスのシューズを使ってもらえるように選手たちに働きかけて、サポートすること。

持ち前の職人としてのプライドと選手ひとりひとりに向き合う仕事ぶりから、村野が今までサポートしてきた選手の中にはオリンピックに出場した選手も多く、マラソンなどの国際大会に出場する選手の半分近くが村野と共にオリジナルのシューズを履いた経験があるといわれるほどで、それが業界で「村野」が「カリスマ」と言われる所以。

そんな村野もサラリーマンであることは変わらず、経営と現場が分離しているアトランティスにおいて営業部長の小原はアメリカ本社が採用した経営幹部であり、村野は日本支社採用の現場要員

小原の言葉は実質的に会社の方針ということになり、現場要員である村野はその方針に逆らえば首を切られるという危うい立場にある。

そのような危うい立場にありながら、小原との衝突がきっかけでアトランティスを退職することに。

陸王の村野がアトランティスを辞めた理由・経緯は?

小原と村野の衝突の理由は、経営と現場という立場の違いと、仕事に対する姿勢の違いからくるものです。

村野は現場に出て、選手ひとりひとりとコミュニケーションを取りながら、常に二人三脚で走る男です。

そこには会社の利益といったものはまったくなく、たとえ選手が怪我をしようと選手自ら「引退」を口にするまでは懸命にサポートを続けます。

しかし、小原は経営側の人間で、徹底した利益主義。

金にならない選手のサポートなどありえないという考えで、怪我をした選手にはお金も時間も費やしません。

「茂木裕人」という将来有望な選手が怪我をし、戦線離脱したことが、村野が小原と衝突する引き金になったといえますが、この2人の関係については随分前から溝ができていたようです。

村野は怪我をした茂木に対して、シューズの仕様変更をすることで、まだサポートはでき、復帰についても早めることができるというのですが、小原は復帰したところで前みたいな走りは無理と決めつけ、会社の資金を茂木に使うことは許さないといいます。

経営側の自分のいうことは会社の意向だと言わんばかりに、小原は村野の意見を聞き入れようとはしません。

アトランティスという会社自体も、現場で多くの選手をサポートし続けた村野より、小原を全面的に信頼し、評価をし続けることから、村野はアトランティス自体にも不信感を募らせていました。

そんな不満が募っていた村野に対し、小原は濡れ衣ともいえる発言をするのです。

茂木とのサポート契約を打ち切った後、茂木は復帰のために調整メニューに入っていましたが、想定よりも早く通常メニューに戻ります

このことに対し、小原は村野を責め立てるのです。

使い物にならないと切り捨てた茂木が、予想外に早く復帰しレースで活躍したとなれば、サポートを打ち切った小原の責任を追及されかねません。

村野は茂木が予想外に早く回復し、レースで活躍することのどこに問題があるのか?

そもそも茂木のサポートを打ち切ったのは営業部長の小原だと反論するのです。

小原は米国での経験から、それを認めるわけにいかず、茂木の予想外の回復は村野の間違った情報があったからだというのです。

小原自分で下した判断の責任から逃れるために、全てを部下である村野のせいにしたのです。

村野はそんな小原に怒りを覚えるとともに、憐みのようなものを感じ、どうしても責任をとれというのであれば、アトランティスを辞めるといいます。

どのみち今のアトランティスでは、村野がやりたいきめ細やかなサポート、選手たちとの信頼関係の構築がしにくくなっていたのも確かです。

そこに追い打ちをかけるような小原やアトランティスの利益主義職人肌の村野には合わなくなってきていました。

多くの一流アスリートたちのフットウェアを担当し、国際大会、オリンピックにまで出場する選手たちをサポートしてきたという実績のある村野を、アトランティスという会社はあっさりと切り捨てたのです。

これが村野がアトランティスを辞めた理由と経緯です。

陸王の村野がアトランティスを辞めたその後は「こはぜ屋」?

アトランティスを退職した村野は、持て余した時間を使って、お世話になった人々へ挨拶回りに出向いていました。

その出先の一つが「こはぜ屋」の宮沢社長がアドバイスを求める有村のいるスポーツショップでした。

原作では、村野がアトランティスを退職した頃「こはぜ屋」では新素材「シルクレイ」の加工について特許技術者の飯山が試行錯誤を繰り返している頃です。

村野が有村のショップを訪れた頃、偶然にも宮沢社長が「シルクレイ」のことで有村にアドバイスを求めて訪問してきます。

有村からアトランティスのシューフィッターの村野だと紹介されたとき、宮沢社長は警戒します。

それはそうですよね。

「アトランティス」はいわば「こはぜ屋」にとってライバル企業です。

しかも村野の名前は、宮沢社長も知っていて、業界では「カリスマ」ともいえる人物。

シューズ開発の中心ともいえる人物に、自分たちのシューズ製造の核ともいえる「シルクレイ」の情報を出すわけにはいきません。

しかし、村野から「元」アトランティスだと訂正され、今はクビ同然の事情を聞かされるのです。

会話の中で、「カリスマ」といわれるほどの村野なら既に他社からの引き合いがあるのだろうという有村に対し村野は大きな組織はごめんだと言い、それを聞いた宮沢社長は思わず「でしたら、私と一緒にやりませんか?」と言ってしまったのです。

宮沢社長自身も唐突にでた自分の言葉に驚き、村野もあまりの唐突さにぽかんとしてしまいます。

初対面で、ほとんど相手のことも知らない者同士で、いきなり自分の会社にきませんかと言われたら、そりゃ驚きますよね(笑)

そこから宮沢社長は、まだどこに勤めるかもわからない村野の前で「シルクレイ」の情報を出していきます。

この新素材を目の当たりにした村野は興味を示し、仕事を手伝ってもいいのかと宮沢社長に確認をとります。

これには宮沢社長も驚きと喜びを隠せません。

そして、最後に宮沢社長は村野に「シルクレイ」で作ったソールで、シューズを完成させ、そのシューズをトップアスリートに履いてもらいたいという夢を語ります。

更に、その履いてもらいたいトップアスリート「ダイワ食品の茂木裕人」であることも。

村野は茂木の名前を聞いたとき、それまでの笑みを顔から消し、厳しいまなざしで宮沢社長を見据えた後、自分もその夢に乗りますよと同じ志を表現します。

こうした経緯を経て、カリスマシューフィッター村野尊彦は「チーム陸王」の一人に加わったのです。

陸王の村野尊彦にはモデルになった人物がいた?

アトランティスからこはぜ屋のアドバイザーとなった村野尊彦。

今後は「こはぜ屋」の人間として「茂木裕人」をサポートしていくようになります。

ただし、村野は「こはぜ屋」の人間であっても、自分の仕事のやり方は変えず、あくまで選手のことが一番という考えです。

そのため、原作では、終盤にこはぜ屋の経営がピンチに陥ったことで「こはぜ屋」との専属契約に悩む茂木に対しても、アトランティスとの再契約を視野にいれて動いた方がいいとアドバイスをするのです。

村野のアドバイスから最終的に茂木はどのように決断したのか?

それはこちらから。

陸王ネタバレラストは?最終回の展開と結末は?

そんな村野尊彦にはモデルにになったのでは?と言われる人物がいます。

それはアシックスでシューフィッターをしていた三村仁司さんです。

三村仁司さんは、兵庫県加古川市出身。

中学時代は野球部のキャプテンを務めていたが、並行して陸上の大会にも出場。

高校は陸上部の強い飾磨工業高校へ進学し、頭角を現し、キャプテンにまでなった。

しかし、当時は初任給1万6千円という時代で、陸上競技に使用するシューズは800円と高額の上に、当然ながら今のシューズほど耐久性がいいわけではなく、10日程度で使い物にならなくなるという有様。

陸上競技にかかる費用が8千円にまでなっていたとか。

三村仁司さんは、大学の陸上強豪校から声がかかっていたものの、大学での本格的な練習に取り組めば、今以上に費用が掛かってしまうと考え、進学を断念。

高校卒業後、叔父の紹介で地元の企業「オニヅカ(現アシックス)」入社

仕事をしながら長距離走を続けたのです。

入社当初、研究室への配属を希望した三村仁司さんでしたが、物作りの勉強として第2製造課へ配属。

5年間、製造課に勤めてシューズの構造を学んだ後、研究室へ配属。

研究室に3年ほど在籍した後、別注シューズの開発担当者に抜擢された三村仁司さんは、トップアスリートの要望を聞いて別注シューズをつくるように。

当初はひとりだったが、翌年には部下がふたり増え、オリンピックの商業化に伴い、チームは大きく成長。

それから、三村仁司さんは、トップアスリートには故障が多いことに気づき、この問題を解消すれば更に選手の成績が伸びるのではないかと考える。

トップアスリートの多くは小さいシューズを履いているという共通点があり、それが故障の原因だとわかる。

当時のシューズのアッパー素材は布製で、汗や水を吸って、布が縮まり選手の足を締め付けることから、その問題点を解消するべく、さまざまな素材を試した結果、ナイロン製のシューズを完成させる。

さらに、シューズの重さの大部分を占めるソールの軽量化にも成功し、トップアスリートの成績向上の手助けとなる。

こうした選手第一の仕事ぶりから、三村仁司さんは、瀬古利彦、森下広一、有森裕子、野口みずき、イチロー、高橋尚子など数多くのトップアスリートのシューズを製作

2004年に厚生労働省から「現代の名工」に選ばれた。

その後「オニヅカ(現アシックス)」の創業者・鬼塚喜八郎さんが死去した2007年にアシックスを定年退職。

真意は定かではないが「価値観が会社と違った。それなら一人でやるわ」「今までの取引先は会社のブロックがかかったが、他にも協力してくれるメーカーは多い。負けないものをつくる自信はある」ということで、アシックスに残らず、独立を選択

2009年に「M.Lab(エムラボ)」を設立。

また2010年にアディダスとアドバイザリー契約を結び、多くの選手をサポートしている。

2017年現在は、アディダスとのアドバイザリー契約は解除したという話もありますが、定かではありません。

シューフィッターとして活躍し、多くの選手をサポートし、選手第一主義で、「現代の名工」にも選ばれた。

会社との価値観の違いから独立、アディダスとのアドバイザリー契約と村野尊彦と似ている箇所は多いので、モデルといわれても頷けますよね。

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(まとめ)陸王の村野がアトランティスを辞めてこはぜ屋に?

アトランティスのシューフィッター村野尊彦は、会社の方針や小原との仕事に対する姿勢の違いから、アトランティスを退職。

偶然、宮沢社長と知り合ったことで「こはぜ屋」とアドバイザー契約を結び「チーム陸王」の一員としてシューズ作りや茂木のサポートなどをしていきます。

現時点(ドラマ2話放送終了)では、まだ村野尊彦はアトランティスを辞めていませんが、3話、4話あたりで辞めるのではないでしょうか。

原作では、有村が「シルクレイ」を知ったのと村野が「こはぜ屋」に移る時期はほぼ同じですが、ドラマだと既に有村は「シルクレイ」の存在を知っていますから、すでに原作と違ったストーリー進行がされていますよね。

そういう違いをみつけるのも、楽しみと思いながらドラマ「陸王」を見続けたいと思います。

以上「陸王の村野がアトランティスを辞めてこはぜ屋に?」についてでした。

 

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