陸王のモデルに茂木の元になったランナーがいた?

陸王のモデルに茂木の元になったランナーがいた?

陸王で竹内涼真さんが演じるダイワ食品陸上部に所属する陸上部員・茂木裕人。

ファンの間では、茂木にはモデルとなったランナーがいたとされています。

茂木の元になったランナーとはいったい誰なのでしょうか?

今回は「陸王のモデルに茂木の元になったランナーがいた?」というテーマでお届けします。

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陸王の茂木裕人とは?

俳優の竹内涼真さんが演じる茂木裕人は、ダイワ食品陸上部に所属する陸上部員。

東西大学時代には、箱根駅伝5区を走った有力選手として注目を集めており、期待の新人であったが、豊橋国際マラソンレースで膝を痛めてしまう。

故障の原因は走法にあり、茂木は踵から着地する「ヒール着地」で走り続けていたために故障したことが判明し、フォーム改善に取り組み、復活を目指していく。

マラソン足袋開発という新規事業で会社再建を図る宮沢社長が、マラソン足袋「陸王」を履いてもらいたいと切に願う。

「こはぜ屋」再建、そして「陸王」開発のキーパーソンとなる存在。

(2017年10月26日現在)ドラマは序盤も序盤で、これからどのように茂木裕人が「こはぜ屋」「陸王」と関わっていくのか、そして「陸王」と出会った茂木がどのように復活していくのか、楽しみで仕方ありません。

誰もがその能力に期待し、復活を切望する茂木裕人ですが、ファンの間では茂木裕人にはモデルになったランナーがいると言われています。

陸王の茂木裕人のモデルになったランナーとは?

ダイワ食品陸上部、期待の新人・茂木裕人のモデルになったのではといわれているランナー。

それは、元オリンピックランナーの「瀬古利彦」選手です。

瀬古利彦

1956年7月15日生まれ

三重県桑名市出身

元陸上競技・長距離選手

 中学時代は、野球部で投手をしていたが1年生のときの校内5キロマラソンで優勝したことがきっかけで、陸上部から懇願され陸上競技の大会に出場。

市の陸上競技大会で2000m走に出場し3位、続いて県大会で当時の三重県大会記録で優勝したことがきっかけとなり陸上へ転向。

高校は陸上競技の強豪・四日市工業に入学。

中距離部門で頭角を現し、高校1年のときに山形インターハイ800mに出場し、3位入賞。続く2年生時には地元・三重インターハイの800m、1500mで優勝。

千葉国体1500m、5000mで優勝。

3年生の福岡インターハイで、800m、1500m、5000mの中距離三冠に挑戦したものの、5000mで中村孝生に敗れ2位で終わる。

三冠達成はならなかったものの、4日間で3部門の予選・決勝レースで合計15400mを走破し、2種目優勝、1種目準優勝の好成績に対し、日本中長距離史上、特質される才能を持った好選手として評価された。

大学は元々箱根駅伝最多優勝・最多出場を誇る中央大学へ決まりかけていたところ、早稲田大学OBからの勧誘で、早稲田大学の一般入試を受験。

当時はスポーツ特待生を優遇する推薦入試がなかったための一般受験であったが、あえなく不合格。

1年の浪人の末、早稲田大学に入学し、早稲田大学競走部へ入部。

以来、1年次から4年連続で「花の2区間」を走り、3年、4年で区間新を出す。

大学卒業後「ヱスビー食品」に入社し、活躍。

オリンピックでの勝利を目指し、ロサンゼルスオリンピックに挑戦したものの、結果は14位と優勝とは程遠い結果になってしまう。

自身にとって初となる夏マラソンで、リズムと経験がつかめなかったのが最大の敗因とみている。

結果として、ロサンゼルスオリンピックでの敗退で、1979年の福岡国際マラソン以来続いた連勝記録、1977年の福岡国際以来の「日本人でトップ」の記録も途切れることに。

ロサンゼルスオリンピックでの日本人トップは「宗猛」選手の4位。

ロサンゼルスオリンピック後、ロンドン、シカゴ、ボストンマラソンなどで優勝するなど華々しい経歴の持ち主。

陸上競技転向前にしていたのが野球であったり、箱根駅伝で走り、結果を残していたり、社会人時代に入社したのが食品会社だったりと、茂木裕人との共通点が多いですよね。

これだけでも十分、茂木裕人のモデルと言われても不思議ではないですが、更に瀬古利彦さんとある人物の関係が、茂木裕人とある人物の関係に似ていることから、注目されています。

その瀬古選手と関係のある人物とは、アシックスのシューフィッター三村仁司さんです。

陸王の茂木裕人のモデル?瀬古利彦と関係のあるシューフィッター三村仁司とは?

陸上競技転向前の競技、経歴などかなり酷似している茂木裕人と瀬古選手。

実は、瀬古選手はアシックスのシューフィッター三村仁司さんに、ロサンゼルスオリンピック時に、普段練習では使っていない布製のシューズを制作してもらい、本番に挑んだそうです。

瀬古選手の要望に合わせた靴を制作したとはいえ、普段の練習ではナイロン製のシューズを使用していたのに、履きなれない布製にしたことも敗因のひとつとなったのではないでしょうか。

実際に、本番前の過酷な練習やストレスによる体調不良なども原因だといわれていますが。

さて、アシックスのシューフィッター三村仁司さんですが、この方は、陸王で「こはぜ屋」のライバル企業として登場するアメリカのシューズメーカー「アトランティス」のシューフィッター村野尊彦のモデルになった人物ではないかとされています。

ファンの間では、アシックスはアトランティスのモデル企業といわれており、アシックスでシューフィッターを務めていた三村仁司さんと、茂木裕人のモデルといわれる瀬古選手との関係から三村仁司さんがアトランティスのシューフィッター村野尊彦のモデルではといわれているのです。

三村仁司さんは、アシックスに入社後、選手たちの要望を聞き入れた特別なシューズを製造する部門を任されており、選手がより速く走れるために尽力していたといわれています。

アトランティスの村野尊彦も選手を第一に考え、利益優先ではなく、選手ひとりひとりに合った靴やフォームを身に着けた方がいいという考え方の持ち主ですよね。

ただ、アトランティス社の方から余計なことをするなと釘を刺され、なかなか思うようにはいっていませんが。

ちなみに、アシックスの三村仁司さんは、途中からアディダスに仕事の場を移しています。

ということは……村野尊彦もアトランティスを抜ける可能性が!?(原作の内容はざっくりと知ってるけど、これ以上はいえない)

陸王のランナー茂木裕人のモデルは本当に瀬古利彦?真実は?

さて、陸王のランナー茂木裕人のモデルは瀬古利彦選手、アトランティスのシューフィッター村野尊彦のモデルはアシックスのシューフィッター三村仁司さんといわれていますが、実際のところ、本当にこの2人はそれぞれ茂木、村野のモデルなのでしょうか?

原作者の池井戸先生サイドが公式に回答した内容によると「陸王は完全なフィクション」ということです。

つまり、作り話ということになりますね。

そのため、既存の企業、製品、人物とは一切の関係がないというのが、真相です。

でも、関係性を調べてみたりすると、どうしても受け手としては元にしたんじゃないの?と思ってしまいそうですよね。

けど、原作者が完全なフィクションというのなら、それが真実であるとするしかないでしょう。

元になる人物や製品があろうとなかろうと、作品が面白ければそれでいいとは思いますけどね。

(Twitter)陸王のランナー茂木裕人のモデルについて

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(まとめ)陸王のモデルに茂木の元になったランナーがいた?

 陸王のランナー茂木裕人のモデルになったと言われているランナーは元オリンピック選手の瀬古利彦選手でした。
しかし、原作者は陸王は完全なフィクションであり、既存の企業、製品、人物とは一切関係がないというコメントを残しているため、茂木裕人を含め、陸王に登場する企業、製品、人物は全て架空のものであるというのが真相のようです。
フィクションでもノンフィクションでも、作品が面白ければそれでいいと私は思います。
以上「陸王のモデルに茂木の元になったランナーがいた?」についてでした。
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